「たとへば、こんな怪談話 3 =猫股= 第三話」  数日後、八重の指示した住所に庄兵は赴いた…そこは、東京の下町の 古いアパートであった…  呼び鈴を押して待つ庄兵の前に姿を現したのは、数年前、駆け落ちす る前に庄兵と会った時と殆ど変わらない慎太郎の長女真樹子であった。  「こんには…」  「…はぁ…」  真樹子は目の前に立っている人物が自分が子供の頃、父親に隠れて一 緒に遊んでいた親戚とは気がつかないようであった。  「真樹子姉さんお久しぶりです、星野庄兵です」  「しょ…庄兵ちゃん?本当に…?」  「はい…」  「…ど、どうして…ここが…?」  真樹子は突然の庄兵の出現に驚きと疑いと懐かしさが同時にこみ上げ てきて、何とも言い難い表情をした。  「すみません…実は話したいことがあって、ある筋を使って、真樹子 姉さんの居場所を探していたのです」 と、庄兵は言った…さすがに、化け猫が探し出したとは言えなかった…  「そう…」  庄兵の言葉に真樹子は一瞬暗い表情になったが、すぐ気を取り直すと、  「あがって…」 と、庄兵を部屋に入れた。  部屋には、真樹子の幼い子供達がいて、突然の訪問者の顔を驚いて見 ていたが、母親の真樹子が喜んでいるところを見ると安心して隣の部屋 に引っ込んで行った。  「久しぶりねぇ…」  テーブルを挟んで庄兵と向かい合わせで座った真樹子はニコニコしな がら、しげしげと庄兵の顔を見て言った。  「そうですね、私の祖母の葬式以来ですから、かれこれ5,6年にな りますか…」  と答えた庄兵に対して、真樹子は不服そうな表情を浮かべ、  「庄兵ちゃん、そんなよそよそしい言葉使いをしないで」  「はい…」 と、庄兵は苦笑いをした。  真樹子も笑った。  話は子供の頃からの思いで話と、真樹子の駆け落ちの話、その後の庄 兵一家の話と続いた…そして、  「あっ!いけない!!庄兵ちゃんにお茶を出すのをすっかり忘れてい たわね!!!」 と、真樹子は慌てて立ち上がろうとしたが、  「いや、その前に…」 と言った庄兵の重い声に事の重大さを悟ったか、真樹子は動作を止めて 座り直した。  「…本当は、こう言うことを真樹子さんの耳に入れたくないのですが …」 と、前置きして庄兵は語り始めた…それは、真樹子の父慎太郎の逮捕劇 の話であった…  庄兵の話を聞いて真樹子は父慎太郎の消息を知らなかったらしく、非 常に驚いた顔をしていたが、庄兵の話を遮ろうとせず、静かに庄兵の話 を聞いていた…そして、話が秋山一族の話になって、一通り庄兵の話を 聞くと、静かに口を開いた…  「…そう…そんなことがあったの…」 と、判りきっていたような、やるせないような言葉を口にした。  そして…  「…そうね、本来は秋山家の家督は静おばあちゃんが継ぐものなのに ね、うちのお爺ちゃんが半端強引に奪ったと親戚中みんな言っていたも のね…」  真樹子はため息をついて、ゆっくり立ち上がると、急須を手に取り、 お茶を入れながら呻くように言った。  真樹子が静かに庄兵にお茶を出すと、  「庄兵ちゃん、うちの人が帰ってきたらもう一度その話をしてくれな い?…お願い」  その晩、帰ってきた真樹子の夫を交えて、話をした…その結果、真樹 子の夫は庄兵の話を信じ、庄兵の提案(八重の策)を快く承諾した…そ の数日後、庄兵は今度は静の父の末の弟で、一族の最長老の勝之助の家 を訪れた…  その頃、勝之助は殆ど寝たきりの生活を送っていたが、唯一自分の長 兄の孫の庄兵を秋山本家と敬っていたので、庄兵の訪れにわざわざ床か ら起き出して迎えてくれた。  庄兵は静とお八重の作成した策に従って勝之助に話を持ちかけたが、 その話に勝之助が予想以上に乗ってきて、勝之助に同心する秋山一族の 人々を自ら呼び出し、話し合いは深夜まで及んだ。  暫くして、慎太郎の次女が妊娠して男に捨てられたという事が発覚し、 一族中の人間が慎太郎に対して良い思いを持たなくなった頃、真樹子が 慎太郎の所に里帰りをした。  その後、真樹子は庄兵の所に訪れた。  庄兵は真樹子に真樹子の妹の事を聞くと、お八重の話通りであること が判った…そして、真樹子は庄兵の提案を真樹子の母に説得し、承諾し たことを話した。  その後も、真樹子は慎太郎が拘留されている拘置所に面会に行き、庄 兵の提案を自分の意志として持ちかけた。  お八重の話し通り、慎太郎はこの頃すっかり気落ちして、真樹子の言 葉を聞く度に首をうなだれて、いちいち「ウンウン」と頷いていた。  真樹子が何度か拘留所に面会しに行って説得した結果、慎太郎は庄兵 を養子に迎え、秋山一族の家督を譲る件について承諾したと真樹子から 聞いた。  その後、寺の住職が本山に行ったことを幸いとして、秋山一族あげて のクーデターが実行された…まず、寺の本堂に一族の代表を集め、庄兵 を慎太郎の養子とし、秋山家本家の家督を継がせる事を宣言した。  逮捕拘留中の慎太郎に成り代わり、慎太郎の妻と養子縁組の書類に判 を押した庄兵は、慎太郎の妻から秋山一族の頭領である証の先祖代々の 守り刀と目録を受け、続いて慎太郎の子供一同の代表として、真樹子か ら慎太郎の子供からの家督に対する相続権の放棄の宣言を受け、続いて 一族代表全員から庄兵を秋山家の頭領として承認する誓紙を受けた。 (これは、秋山一族の慣例)  一族中の有力な人々に対しては勝之助に同心する人々があらかじめ根 回をしておいてくれていた、また、慎太郎がこんな事になった今、慎太 郎以外は、秋山家の嫡流は庄兵以外にないと誰もが認めていたので、一 族こぞって誓紙を提出した。  続いて議題は、この寺の現住職の放蓮の処遇であった。  長老の勝之助が話を言い出したが、勝之助が言うまでもなく、高いお 布施と墓を人質に取った横暴な振る舞いは、これも慎太郎以外の一族全 員が腹に据えかねていたらしく、満場一致で、本山に訴え出るべしとな った。  早速、檀家代表として一族の長になった庄兵が訴状文をしたため、 (文章は静が作成し、庄兵が書いた)一族全員の署名の上、庄兵は早速 本山に登った…結果、本山は檀家代表として来た庄兵の訴えを取り上げ、 本山の麓の旅館で芸者を侍らして浮かれていた放蓮を呼び戻し厳しく追 及すると共に、前後を調査し、訴えが全部本当の事であることを認め、 放蓮を寺の住職の座から追放することになった。  後任は、秋山一族で、放蓮の下で厳しい生活をしていた蓮珠に決まっ た。  そして、無縁塚を取り壊す計画を直ちに白紙に戻し、蓮珠が努力した 結果、檀家の人々が気楽に訪れられるお寺になった。  その後、庄兵は静から事の詳細を聞かされた。無縁塚の化け物騒動は、 静の策で、化け物は無縁塚に葬られている霊達とお八重がやったとのこ と。  それを聞いて、庄兵はこの度は自分は蚊帳の外であったかと少々腹が 立った。  またそれ以降、無縁塚の周りも綺麗に整備され、他の人々も線香や花 を供えるようになり、無縁塚の霊達も喜んでいると、無縁塚に詣でた際 に源三から感謝されていると静から聞いた。  また、その後…姓も星野から秋山に改めた庄兵は、お八重との約束通 り、お八重の子供達を引き取ることになったが、その数なんと!38匹!!  お八重が120年も生きている事をすっかり忘れていた庄兵と静は、 その数に驚いた。  「なぁに、秋山総本家の家督を貰って金持ちになったんだ、これくら いは面倒観れるやね…」 と、お八重は庄兵の家の縁側にゴロリと横になって、独り言のように言 い放った。  …それ以後、庄兵の家は”猫御殿”とあだ名されるようになった…  尚、無縁塚が実はこの付近猫の墓場を兼ねていて、お八重も無縁塚の 取り壊しを阻止しようとしていたことを後に知った庄兵と静は「まんま んとやられた!」と思った。  「なぁに…伊達に120年も生きちゃいないやね…」 と、お八重は目を細めて言った。 =終わり= 藤次郎正秀